浦和地方裁判所 平成3年(行ウ)1号 判決 1992年3月30日
原告
斎藤純孝
同
金子良雄
被告
川合喜一
右訴訟代理人弁護士
宇津木浩
同
川合善明
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は川越市に対し三〇〇万円及びこれに対する平成元年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の主張)
原告らの本件訴えを却下する。
(本案に対する答弁)
主文と同旨。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは肩書住所地に居住している者であって、普通地方公共団体・川越市の住民であり、被告は平成元年一〇月当時川越市長の職にあった者である。
2 被告は平成元年一〇月一六日、「川越市費用弁償及び旅費支給条例」に基づき、平成元年度実施の川越市議会議員三名に係る欧州都市政策行政事情視察を目的とする海外出張の旅費等として三〇〇万円を支出(以下、これを「本件公金支出」という。)した。
3 しかしながら、右海外出張の目的・計画は極めて杜撰なものであって、その実体は次のとおり物見遊山の観光旅行であり、行政事情視察目的とは到底いえないものである。
(一) 期間 平成元年一〇月二四日から同年一一月四日まで
(二) 参加者 沢田勝五郎、山之内陽樹、山根降治
(三) 訪問先・滞在日数 フランクフルト(市内見物、ゲーテの家、旧市庁舎)二泊、ジュネーブ(市内見物、ILO欧州事務局、ジュネーブ大学、国連本部、モンブラン)二泊、パリ(市内見物、ルーブル美術館、シャーヨー宮、ノートルダム寺院、シャンゼリゼ、ベルサイユ宮殿)三泊、ロンドン(市内見物、国会議事堂、ウェストミンスター寺院、トラファルガー広場、バッキンガム宮殿)二泊。
ほかにヴィスバーデン市、セルジ市、ハーロー市を訪問しているが、これらの都市視察は形式的なものであって、出張を合法化するためのものにすぎない。というのは、これらの都市は、パリやロンドンの近郊に限られており、当初の計画には視察地に入れられておらず、人口も少ない小都市であり、一人一〇〇万円もの市費を使って出張し視察するほど特徴のある都市ではないからである。
(四) 右のような視察旅行は、昭和六二、六三年に続いて今回で三回実施されているが、旅行計画の内容は三回とも同じである。このことは、右視察旅行の目的が、パリ、ロンドン、ジュネーブ、モンブラン等世界的に有名な都市等を見物することにあり、そのほかの都市の視察はその都度、近郊に都市を見つけて一応視察の体裁を整えたにすぎず、右視察旅行は行政事情視察に名を借りた観光旅行であることを裏付けている。
4 右のような市議会議員の職務遂行上何らの必要もない旅行に対して旅費を支給することは、形式的には条例に基づいた支給ではあるが、実質的には条例に基づかないものであり、地方自治法第二〇四条の二に反する違法な公金支出である。
5 原告らは平成二年一一月一日、本訴の提起に先立ち地方自治法第二四二条に基づき川越市監査委員に対し本訴請求と同旨の監査請求をしたところ、同監査委員は同年一二月二七日、監査請求には理由がない旨の決定をし、同決定は同年一二月二八日原告金子良雄に、同月二九日原告斎藤純孝に、それぞれ通知された。
ところで、本件公金支出は平成元年一〇月一六日にされてはいるが、その支出は概算払の方法をとっており、同年一一月四日の旅行終了後、同月一九日に清算手続がされている。したがって、その日をもって地方自治法第二四二条第二項の「当該行為の終わった日」と解し、監査請求の期間はこの日の翌日から起算されるべきであり、原告らが平成二年一一月一日にした監査請求はそれから一年の期間を徒過しておらず、地方自治法第二四二条第二項には違反しない。
よって、原告らは被告に対し、川越市に対して右旅費等に相当する三〇〇万円及びこれに対する支出の日である平成元年一〇月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
二 被告の本案前の主張
本件公金支出がされたのは平成元年一〇月一六日であるのに対し、原告らの監査請求の申立ては平成二年一一月一日にされており、地方自治法第二四二条第二項の監査請求期間を徒過しているから地方自治法第二四二条第二項に違反する。
原告らは清算手続が終了した時点をもって地方自治法第二四二条第二項の「当該行為の終わった日」と解すべきであると主張するが、それは当該行為又はその効力が相当の期間継続性を有する場合についていいうることであって、本件旅費等の概算払はこれに該当しない。普通地方公共団体の「公金の支出」は資金前渡、概算払、前金払、繰替払、隔地払又は口座振替の方法によってこれをすることができ(地方自治法第二二三条の五)、概算払とは債務関係が発生しているが履行期が未到来であるとか、債務金額が確定していないため、後日過渡しについては返納を、不足については追加支払を伴う支出である。概算払においては支払の目的、支出金額の計算根拠は支出の時点で明確にされており、その支出の違法性、不当性は他の方法による支出と同様その概算払がされた時点で判断できるのであるから、その時をもって「当該行為のあった日」と解すべきである。
したがって、原告らの監査請求は法定の期間を徒過しており、本件訴えは適法な住民監査請求を経ていないから不適法として却下されるべきである。
三 本案前の主張に対する原告らの反論
川越市市議会事務局が作成した本件旅費等の概算払清算書には、当該行為の終わった日は平成元年一一月一九日であると説明されている。原告らは本件監査請求を平成二年九月二一日に提出したが、不明確な点があったので、監査委員に対して訂正させてほしい旨を申し出たところ、一旦、取り下げたうえ、再提出するよう指導されたのでこれに従って提出し直した。その際、監査委員から視察旅行が終了したのは平成元年一一月四日であるから監査請求期間はそのときから進行するので徒過のおそれはない旨の指導を受けた。監査委員の「ヨーロッパ観光旅行の中止並びに旅費の不当支出に関する監査請求について」と題する監査報告書には、「一 請求の取扱い」の項において「本請求は、所定の法定要件を具備しているものと認められたので、平成二年一一月一日付で、これを受理した。」と、「四 監査の対象期間及び除斥」の項において「請求人は、三請求の要旨(三)でヨーロッパ行政視察の中止及び当該旅費の取消しと返還請求について、地方自治法第二四二条第二項の規定により、昭和五七年度以降実施された七回のヨーロッパ行政視察の監査を求めているが、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したものについて、特に請求を認めるだけの正当な理由がないので、平成元年度のみについて監査を実施した。」とそれぞれ記載されていることからもわかるように、川越市市議会事務局及び川越市監査委員は双方とも本件公金支出においては概算払の清算手続終了時をもって「当該行為の終わった日」とし、原告らの本件監査請求を適法なものと認めている。
また原告らは、被告が本件訴訟において「支出負担行為兼支出命令書」、「市外出張命令書兼旅費(概算・清算)請求・領収書」、「外国旅費支給計算表」「概算払清算票」と題する各書面を証拠として提出したことによって初めて本件公金支出が概算払としてされたこと、その支出の日及び清算手続がされた日を知りえたのであり、これらの書面は一般には公開されないものである。
以上の事実からすれば、原告らには地方自治法第二四二条第二項ただし書にいう正当の理由がある。
第三 証拠<省略>
理由
一まず、原告らの請求が適法な監査請求を経たものかとどうかについて検討する。
1 監査請求期間の起算日について
本件公金支出がされたのは平成元年一〇月一六日であり、原告らが監査請求の申立てをしたのは平成二年一一月一日であること、本件公金支出は概算払の方法でされたことは弁論の全趣旨に照らして明らかであるところ、原告らは右監査請求の期間は概算払の清算手続が終了した平成二年一一月一九日の翌日から起算すべきであると主張する。
思うに、地方自治法第二四二条の二に規定する住民訴訟を提起するためには適法な監査請求を経ることが必要であるが、同法第二四二条第二項が監査請求につき「前項による請求は、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは、これをすることはできない。ただし、正当な理由があるときは、この限りではない。」と規定して期間制限を付しているのは、監査請求の対象が普通地方公共団体の機関、職員の行為である以上、いつまでも争いうる状態にしておくことは法的安定性の見地からみて好ましくないので、なるべく早期に確定させようとの趣旨からであり、右期間の起算点を「当該行為のあった日又は終わった日」と規定したのは、その時点から、監査の対象が特定し確定されることによりその違法性・不当性を監査し判断できるようになり、住民の具体的・主観的事情はさておき客観的には監査請求をすることができる状態になるからであると解される。
これを本件についてみるのに、地方自治法第二三二条の五は「普通地方公共団体の支出は、政令の定めるところにより、資金前渡、概算払、前金払、繰替払、隔地払又は口座振替の方法によってこれをすることができる。」と規定しており、概算払は地方自治法上公金の支出の一形態とされているところ、<書証番号略>によれば、本件公金支出については概算払の時点でその目的、支出金額及びその計算根拠が明確にされていることが認められ、その違法性・不当性は他の支払方法による場合と同様清算手続の終了を待つまでもなく判断できるから、監査請求の期間の起算日との関係では概算払のあった時点をもって「当該行為のあった日」と解するのが相当である。
2 正当の理由について
<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、本件公金支出は、議会運営委員会で平成元年度予算に計上することが決定され、議会の議決を経て予算化され、さらに各会派代表者会議で行政事情視察を行うことを確認のうえ派遣議員を選定し、これを受けて被告において「川越市費用弁償及び旅費支給条例」に基づき実施されたことが認められる。これによれば、本件公金支出は極めて秘密裡に行われたというようなこともなく、正規の手続に従ってされたものであるということができる。
しかしながら、<書証番号略>、証人根本光夫の証言及び原告金子良雄の本人尋問の結果によれば、原告らは平成二年九月二一日、川越市監査委員会に対し、市のヨーロッパ行政視察旅行を中止することを求める監査請求書を提出し同日受け付けられたが、同年一〇月二九日、さらに視察旅行費五〇〇万円の返還を求める請求を追加しようとして右書面にその旨を書き加えさせてほしい旨の申出をしたところ、監査委員会事務局は、既に右書面による監査請求について回答文書の作成段階に入っていたことから、一旦、請求を取り下げて、請求書を出し直してほしい旨の回答をしたこと、その際原告らから監査請求期間についての疑問が出されたが、事務局は、視察旅行の最終日から一年以内なら監査請求は可能である旨の指導をし、原告らはこの指導に基づいて同年一一月一日、先の監査請求の取下書とともに、改めて別の監査請求書を提出したこと、この点について監査委員の監査報告書には、「一 請求の取扱い」の項において「本請求は、所定の法定要件を具備しているものと認められたので、平成二年一一月一日付で、これを受理した。」と、「四 監査の対象期間及び除斥」の項において「請求人は、三請求の要旨一でヨーロッパ行政視察の中止及び当該旅費の取消しと返還請求について、地方自治法第二四二条第二項の規定により、昭和五七年度以降実施された七回のヨーロッパ行政視察の監査を求めているが、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したものについて、特に請求を認めるだけの正当な理由がないので、平成元年度のみについて監査を実施した。」とそれぞれ記載されていることが認められ、これによれば、当時、川越市監査委員会及び同事務局はいずれも、右後者の監査請求についてはその請求期間は視察旅行が終了した平成元年一一月四日から一年間であると判断しており、監査もこれを前提として実施されたことが明らかである。以上のような事実関係の下では通常人において「当該行為」が客観的にされた時点を認識していたとしても、到底期間内に監査請求をすることは期待できないし、原告らは監査委員会事務局の指導のとおり少なくとも平成二年一一月四日以前に監査請求をしているのであるから、原告らの請求が期間を徒過したことについて「正当の理由」があるというべきであり、本件訴えは、適法な監査請求を経ているというべきである。
二そこで、原告らの請求の当否について判断する。
1 請求原因1、2の事実はいずれも弁論の全趣旨に照らして明らかである。
2 <書証番号略>及び原告金子良雄の本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。
(一) 川越市では、他の地方公共団体とともに、昭和五七年度から平成元年度までの間に七回にわたり、都市政策・行政事情視察を目的として、延べ三〇名の市議会議員が参加してヨーロッパ行政視察旅行を実施してきた。
(二) 平成元年度も、その一環として、平成元年度欧州都市政策・行政事情視察旅行を、(1) 期間 平成元年一〇月二四日から同年一一月四日まで、(2) 参加者 一県五市の一八名の議員及び職員並びに添乗員一名の合計一九名、うち川越市は市議会議員沢田勝五郎、山之内陽樹、山根降治、(3) 訪問国・滞在日数 ドイツ連邦共和国(フランクフルト市及びヴィスバーデン市)、スイス連邦(ジュネーブ市)、フランス共和国(パリ市及びセルジ市)、イギリス連合王国(ロンドン市及びハーロー市)、具体的な日程としては、フランクフルト市(市内、ゲーテの家、旧市庁舎、ヴィスバーデン市議会訪問、公園緑化事情及びクアハウスやカジノ等の視察)二泊、ジュネーブ(市内、IL0欧州事務局、ジュネーブ大学、国連本部、モンブラン山岳リゾート視察)二泊、パリ(市内、ルーブル美術館、シャイヨー宮、ノートルダム寺院、シャンゼリゼ、セルジ市議会訪問、・デファンス再開発地区、新凱旋門視察、ベルサイユ宮殿)三泊、ロンドン(市内、国会議事堂、バッキンガム宮殿、ハーロー市議会訪問、福祉関係施設視察)二泊という予定で実施した。
(三) 右視察旅行は、JTB(日本交通公社)海外旅行虎の門支店の企画したものであり、「平成元年度議員のための都市政策・行政事情視察団 欧州班」と銘打たれた旅行である。右視察旅行に参加した川越市議会議員三名が、連名で記名している「平成元年度欧州都市政策・行政事情視察〔報告書〕」と題する右視察旅行に関する報告書も、視察旅行を企画したJTB(日本交通公社)が作成したものであり、前記議員らは、表紙に自らの名前を記名しただけである。
ところで、普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の議決機関として、その機能を適切に果たすために必要な限度で広範な権能を有しており、合理的な必要性があるときはその裁量により議員を海外に派遣することもできると解される。そして、その時期、人員、場所、方法等の決定は、その職能の専門性からして、原則として議会の裁量に委ねられており、議会はこれにつき広範な裁量権を有し、したがって、これに係る公金の支出は右裁量権の逸脱や濫用があったと認められる特段の事情のない限り違法とはいえないと解するのが相当である。
これを本件についてみるのに、右視察旅行は、都市政策・行政事情視察を目的として昭和五七年以来実施されてきた視察旅行の一環としてされたものであることは前認定のとおりであり、普通公共団体の議会の議員が広く海外の行政事情に通じることは、当該地方公共団体の政策を決定するのに何がしかの参考になり、議会の活動能力を高めることにもなるのであるからその必要性がないとはいえない。したがって、川越市議会が議員を右視察旅行に参加させることを決議したことには裁量権の逸脱ないし濫用はなく、被告がこれに係る公金を支出したことをもって違法ということはできない。ただ、前認定の事実からは、右視察旅行が都市政策・行政事情視察という目的達成のために実際どれほどの成果を挙げうるかは問題の余地がないでもなく、特に派遣された議員が議会に提出した報告書は実際は旅行代理店が作成したものであり、議員はこれに記名しただけというに至っては、派遣議員としてその職務を誠実に遂行したとは到底いえず、お粗末の限りというほかはないが、このことと右視察旅行自体の必要性とは別問題である。原告らの主張は、要するに、右視察旅行のもたらす成果に疑問を投げかけ、これについて公金を支出することの不当性をいうのであって、公金支出が違法かどうかにまでは至らない問題である。
三よって、原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大塚一郎 裁判官小林敬子 裁判官佐久間健吉)